清元登子さんが死去…73年史上初アマV、「女武蔵」の異名でツアー8勝

 ゴルフの女子ツアーで史上初のアマチュア優勝を果たし、指導者として不動裕理ら後の賞金女王3人を育てた日本女子プロゴルフ協会(LPGA)元会長、清元登子(きよもと・たかこ)さんが今月16日、誤嚥性(ごえんせい)肺炎のため死去していたことが27日、分かった。78歳だった。現役時代に競い合ったLPGAの樋口久子相談役(71)は「残念としか言いようがない」と惜しんだ。

 第50回の記念大会「日本女子オープン」の開幕前日に、衝撃が走った。

 第1回大会(1968年)にローアマチュアを獲得し、78年大会を制した清元さんの訃報が飛び込んできた。この日、くしくも大会恒例のチャンピオンズディナーが千葉・我孫子市内で開催。清元さんの死を悼み、黙祷がささげられた。

 関係者によると、清元さんは2009年に脳梗塞で倒れ、リハビリを続けていた。今年、日本プロゴルフ殿堂入りを果たしたが、3月の顕彰式典には親族が代理出席。横浜市内の老人介護施設に入所しており、今月16日に息を引き取った。葬儀・告別式の日程は未定。

 熊本市出身。24歳でゴルフを始め、73年11月の「トヨトミレディス」で樋口久子ら有力プロを破り、史上初のアマVを飾った。翌74年に35歳でプロ入り。「女武蔵」の異名をとるほどの飛ばし屋でならし、88年の女子ツアー制度施行前に通算8勝を挙げた。

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