「近大指導教官」がセコンドにも立てない…日本の「プロ・アマ障壁」の“異様”:イザ!

2014.4.26 18:54

「近大指導教官」がセコンドにも立てない…日本の「プロ・アマ障壁」の“異様”

【スポーツ岡目八目】

 5月に2度目の防衛戦(7日、大阪・ボディメーカーコロシアム)を控える国際ボクシング連盟(IBF)世界ミニマム級王者の高山勝成(30)が東大阪市の近大でスパーリングを公開するというのでのぞいてきた。スパーリング相手の学生を指導している近大ボクシング部ヘッドコーチ(HC)で、元世界ボクシング協会(WBA)スーパーフライ級チャンピオン名城信男氏(32)がリングサイドに立つというので見に行ったのだ。

 名城氏は今年4月に現役を引退後、同部HCに就任。元世界王者が大学のコーチに就任するというのは異例のケースだが、それも当然、プロボクサーがアマチュアのライセンスを取ることは容易なことではない。「アマに対する大きな貢献」が認められるまで長い年月が必要だ。

 名城氏の先輩で、1985年に試合中の大ケガから引退した赤井英和・同部総監督(54)はプロ経験者のアマチュアボクシング指導資格の適用第1号となったが、その取得は2011年8月。名城氏にも当然ライセンスはなく、たとえばリーグ戦などの公式戦ではヘッドコーチの肩書きは使えず(学生部付強化職員だそう)、セコンドにもつけないので観客席から声を張り上げなければならない。

 ■息子にも指導できず

 ボクシング界だけではなく、日本のスポーツ界では折に触れ出くわすプロ・アマ間の『古くて新しい壁』。一般には「柳川事件」(1961年)に端を発するプロ野球とアマ野球の確執が有名だろう。それまでの協定を破棄し、アマ球界の有力選手をプロ球団が引き抜いたことから両者の関係は断絶状態に陥った。その徹底ぶりは、元プロ選手というだけで高校球児の息子に野球の指導が大っぴらにできないという馬鹿らしさで、「子供に口止めして部屋で腕の振り方とか教えている」と投手出身の阪神OBが苦笑していたのを思い出す。

 ボクシング界でも昨年似たような騒動が持ち上がった。ロンドン五輪ボクシング男子ミドル級金メダリストの村田諒太(当時東洋大職員)が日本アマチュアボクシング連盟(現日本ボクシング連盟)に対して秘密裏にプロ入りを表明、その行動に激怒した同連盟がアマ選手としての引退勧告を決議した。史上初の勧告に村田が同連盟の山根明会長と会談して全面謝罪し一件落着となったが、50年の時を経て、異なる競技で起こった同様の騒動には驚かされてしまう。『古くて新しい壁』は、まだ存在しているのだ。

 ■アマ組織の強力な力

 ただ、その壁もここにきて急に崩れつつある。主な要因はスポーツ界でも急速に進んできた「グローバル化」だ。

 アマチュアリズムの本尊だったオリンピック憲章から、「アマチュア条項」が削除されたのは意外と古く1974年。その後、76年モントリオール五輪が10億ドル近い大赤字を出したことから、プロの人気・技術にあやかろうと各競技でプロ選手の参加が段階的に認められるようになってきた。

 84年ロス五輪では世界的な人気を誇るサッカーですでにプロだったドゥンガ(ブラジル)やブッフバルト(当時西ドイツ)らが参加。92年バルセロナ五輪の男子バスケットではNBAのスーパースター、マイケル・ジョーダンやマジック・ジョンソンらの米ドリームチームが世界中の話題をさらった。こうした経緯を経て、日本のようなアマとプロの間の障壁は欧米ではほぼ見当たらなくなった。

 日本でとりわけアマの発言力が強いのはなぜか。近代オリンピックの父、ピエール・クーベルタン男爵(1896-1925年)の信奉するアマチュアリズムのバックボーンに、英パブリックスクールの教育があったことはよく知られている。スポーツは心身をともに鍛える教育の一環であるという考えで、近代日本が輸入した『スポーツ』の概念もこれと同じ“体育”の考え方だった。

 学校教育と結びついた部活動は特に野球などで分野では選手のほとんどがここを通過しており、それを統括する組織もやはり強い。こうして他国では考えられぬほどプロに対しても強力な力を持つアマ組織が存在しているのだ。

 ■世界と戦う中で

 だが、空気は変わった。例えば野球なら国内のプロ野球団に入れば事足りていた時代は過ぎ、五輪(現在は種目から外れているが)やワールド・ベースボール・クラシック(WBC)で日本代表が世界と戦わなければならなくなった。日の丸を背負って世界と戦う選手を育成しなければならないときに、アマチュア側が元プロ選手という理由だけで最高の技術を持った人の指導を拒否していることをナンセンスに感じる関係者が多くなったのだろう。

 今年1月、元プロ選手の学生野球資格回復の制度が変わった。これまでは2年以上の学校勤務が必要との規定があったが、プロ側の日本野球機構とアマ側の学生野球協会の研修を修了し、認定されれば、母校に限らず指導することが可能になったのだ。

 そんな時代の流れはボクシングにも押し寄せる。2010年以降、先述の山根会長がプロとの共闘に転換し、雪解け機運が出てきた。あまりに長い断絶状態にあったため一朝一夕にはいかないが、村田騒動での謝罪受け入れとともに、名城氏の近大HC就任もその端緒としての期待がかかっている。

 だからこそ、肩書きの取得に何年もかかるようでは困るのだ。アマチュアにとって肩書きは身分保障であり、収入の源泉。指導教官でありながらセコンドにも立てない名城氏の現状は、息子に野球を教えられないと嘆息したプロ選手に近いものを感じてしまう。

 インターハイ3位という逸材の練習をリングサイドで見つめ、大声を張り上げていた名城氏。高山をコーナーに追い詰めた動きに「いいでしょう。あとはスタミナ。何とかつけさそうと、いろいろやっているんですけどねえ」といかにも悔しそうだ。「やりがいがある。雰囲気もいいし、楽しいですよ」とコーチ業の充実も話す。「実績を上げればそれだけ早くライセンスも取れるでしょう」とボクシング関係者。先に見すえる2016リオ五輪、そして20年東京五輪でメダリストを輩出したとき、名城ヘッドコーチはプロによるアマ指導者の先駆となる。(市坪和博)

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