平成→令和 時代の節目に G20 長机に日米中首脳 薄氷の運営 に「総力戦」

 今年は天皇陛下が即位を国内外に宣明される「即位礼正殿の儀」や第7回アフリカ開発会議(TICAD)など、世界の要人が日本に集う巨大な外交案件が続いた。中でも6月に大阪で開かれた20カ国・地域(G20)首脳会議(サミット)は、日本が主催した国際会議で史上最大規模となり、政府は外務省を中心に総力戦で取り組んだ。注目を集めた米中両首脳をめぐってもドラマが生まれた。

 殺風景な会議室のごく平凡な1台の会議用テーブルに窮屈そうに肩を並べて座るトランプ米大統領、安倍晋三首相、中国の習近平国家主席。G20サミット開会前に開かれた関連行事「デジタル経済に関する首脳特別イベント」は思わぬ形で話題を集めた。台湾メディアは「この席次には、特別な意図があるのでは?」とネットの反応を伝えた。

 波紋を呼んだこの場面は、単純に会場の都合で生まれた。

 イベントは、データ流通や電子商取引(EC)に関するルール作りがテーマ。安倍首相が主催し、参加は任意だったため、サミットのメイン会議場を使用するのは妥当でなかった。そこで会場で2番目に大きな部屋を使ったが、蓋を開ければ多数の首脳らが集まり、すし詰め状態になった。

 関係者によると、米中からは直前まで出欠連絡がなかった。特に中国はサミットの関連行事にトップが参加した例がないといい、習氏の出席は前夜の日中首脳会談後の夕食会で安倍首相が直接口説いたという。 

 サミットにはロシアのプーチン大統領ら、個性あふれる首脳が出席した。首脳の接遇や会議運営を担ったのは、外務省を中心とした省庁や大阪府や市の職員ら500人を超える態勢のG20サミット事務局。中でも空港の担当チームは「何日も前から戦いが始まった」(事務局関係者)という。

 各国の代表団は、大統領機や閣僚機などの“編隊”で来日し、首脳の到着時間をぎりぎりまで伝えてこないケースもある。民間航空への影響を避けるための調整は困難を極めた。

 事務局が特に気をもんだのが、6月28日夜に大阪迎賓館で行われた文化行事と夕食会だった。当初は「午後6時開始予定」とされたが、首脳らの到着は大幅に遅れ、安倍首相と昭恵夫人が最後に到着したトランプ氏を出迎えたのは午後7時半を回っていた。

 外務省幹部は「首脳は常に気まぐれで、プライドも高く、確信的にわざと遅れる」と振り返る。会場で他国の首脳を待つのはまっぴら御免といわんばかりに、時間になっても宿舎を出ない首脳もいたという。

 サミットは6月29日、「自由、公正で透明性があり予測可能な貿易、投資環境の実現」などを明記した大阪首脳宣言を発表して閉会した。トランプ氏はサミットについて、「足りないものやミスは何一つなかった。完璧だった」とツイッターに投稿した。

 ただ、首脳宣言の意見集約は最後まで難航した。

 各国のシェルパ(首脳の個人代表)らは28日から夜を徹して交渉したが、気候変動や貿易など4つのテーマは最終日の29日朝になっても合意を見なかった。

 気候変動では、国際的枠組み「パリ協定」をめぐり、協定を重視する欧州と協定離脱を宣言した米国との調整がネックとなった。

 安倍首相は29日午前の会議中、「まとめよう。シェルパに指示を出してほしい」と呼びかけ、トランプ氏にも個別に話しかけた。

 結局、パリ協定は欧州と米国の立場を併記することで折り合ったが、全てのテーマがまとまったのは、閉会の直前だった。

 交渉の舞台裏で動いた外務省関係者は「一時はいくつかのテーマを宣言ではなく、議長声明に落とすことも考えた。薄氷を踏む思いだった」と振り返った。(原川貴郎)

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