“女性宰相”候補 挫折の歴史 おたかさんブーム・小池フィーバー、起きては消え…

 女性の政界進出を後押しする推進法が16日、成立した。戦後初となった昭和21年衆院選で39人の女性国会議員が誕生して72年。これまで「女性初の首相候補」がたびたび登場したが、いずれも挫折し、トップに上り詰めた者はいない。

 昭和61年、主要政党で初めて党首に就いたのは社会党委員長の故土井たか子氏だった。リクルート事件などで揺れた平成元年の参院選で「おたかさんブーム」が起き、自民党を過半数割れに追い込んだ。しかし、ブームは数年で失速した。

 田中角栄元首相の長女、田中真紀子氏(74)は13年の自民党総裁選で小泉純一郎元首相の「生みの親」として人気を博した。外相に起用された田中氏はスタンドプレーが目立ち、外務省幹部らと対立して約9カ月で更迭。24年衆院選で落選、政界を引退した。

 父・小渕恵三元首相の地盤を継いだ小渕優子衆院議員(44)は20年、戦後最年少の34歳9カ月で入閣したが、26年の経済産業相就任直後、不適切な政治資金支出で辞任し、現在も自粛の日々を送る。

 安倍晋三首相に「首相候補」と目をかけられたのは稲田朋美衆院議員(59)だ。党政調会長などの要職に抜擢され続けたが、昨年7月、自衛隊の日報問題に絡み防衛相を引責辞任した。立憲民主党の蓮舫参院議員(50)は28年に旧民進党代表に就いたが、二重国籍問題が直撃し、約1年で辞任した。

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