衆院解散 選挙前の風物詩!? 浮かんでは消えゆく新党

 華々しくデビューして世間の耳目を集める新党。政治家の離合集散は年末や選挙前の風物詩とはいえ、数年で消えゆく政党もあり、その存在意義が問われることもある。

 戦後初の新党ブームは、自民党を離れた河野洋平氏が中心となった「新自由クラブ」が先駆けとされる。田中角栄元首相らが逮捕されたロッキード事件で、自民党人気に陰りが出始めた昭和51年に結成されたが、自民との違いを打ち出せず10年で解党した。

 平成に入ってから新党ブームを牽引したのは「日本新党」。平成4年結成の同党は翌年の衆院選で35人が当選し、5年8月に代表の細川護煕(もりひろ)氏を首相とする非自民連立政権を生んだ。

 今回「希望の党」を立ち上げた小池百合子氏は、4年の参院選で日本新党から出馬し初当選。その後、新進、自由、保守、自民と4つの政党に所属し、“政界渡り鳥”と呼ばれた。

 新党の成功例は少なく、数年程度で消える政党がほとんどだ。自民党を離脱した平沼赳夫氏と与謝野馨氏らが22年に結党した「たちあがれ日本」は、東京都知事を辞任した石原慎太郎氏も加わって24年に「太陽の党」に党名変更したものの、「日本維新の会」に合流し立ち消えに。

 自民党を離れた渡辺喜美氏が立ち上げた「みんなの党」は第三極を目指し、一時、所属議員が衆参計36人に増えた。ところが内部対立も露呈し、結党から解党まで5年余りの短命政党になった。

 “政界の壊し屋”の異名を取る小沢一郎氏は新生党、新進党、民主党などで実質的な権力を握りながら新党結成や解党を重ねた。24年に民主党を離れてから、国民の生活が第一、生活の党などを経て、26年に「生活の党と山本太郎となかまたち」(現・自由党)と改称したのも記憶に新しい。

アクセスランキング

もっと見る

ピックアップ