壮健な若者があっという間に…「第2波」で死者増加のスペイン風邪、新型コロナも要警戒

 榛原郡からは良平さんをはじめ70人の若者が選ばれ、2月17日に東京へ到着。18日から工事が始まったが、良平さんは21日に微熱が出始め、22日には高熱になった。感染者を隔離する「避病院」と呼ばれた東京地方衛生会立大久保病院(現・東京都保健医療公社大久保病院)に搬送され治療を施されたが、27日に息を引き取った。

 美恵子さんは、良平さんの父で美恵子さんの曽祖父に当たる佐七さんから「(良平さんは)感冒で亡くなった」と聞いていたという。新型コロナの流行後、「もしかして(良平さんは)スペイン風邪だったのでは」と孫が口にしたのをきっかけに家の中を探したところ、冒頭のものを含む計9通の弔辞が見つかったという。

 冒頭の弔辞は、良平さんとともに奉仕に向かった団長の男性が良平さんの葬儀で読んだもの。ほかの弔辞にも、良平さんが上京から亡くなるまでの様子が克明に記されていた。

 農家だった良平さんは、いずれの弔辞にも《模範青年》と書かれており、造園奉仕に選ばれるほど肉体的にも壮健だったとみられる。中には《榮誉ナラズヤ(中略)大家二木博士 特ニ力ヲ致しテ四天ノ術ヲ施ス》との文言も。「二木博士」とは文化勲章を受章した細菌免疫学の権威、二木(ふたき)謙三医師とみられ、入院中に高度な医療を施されていたことがうかがえる。

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