「ミリタリーファッション販売」から「大工」を経て「プロ写真家」に… 「好きなことを仕事にできた幸せを感じている」

【セカンドキャリアの達人に聞く】フォトグラファー、撮影講師・まるやゆういちさん

 プロフォトグラファーとして、ビジネス誌や企業の社内報などの人物撮影をはじめ、撮影講師としても活躍しているまるやゆういちさん(45)。前職は大工という異色の経歴の持ち主だ。

 高校卒業後、18歳で青森県から上京。最初に就職したのは、ミリタリー系アイテムやカジュアルファッションを扱う洋服販売店だった。

 「もともとミリタリー系が好きで、スタッフ同士も話が合って、仕事は楽しかった」

 最初の勤務地は東京・東久留米、次は渋谷の店に異動。その頃ミリタリーファッションが一気にブームになった。

 その後、店長に抜擢され、名古屋の百貨店に入っていた店を任された。

 しかし、売り上げは思うように伸びず、百貨店から店は撤退。

 「今考えると、力不足でしたね。自分で商品を売るスキルはあったんですが、22歳の若さで店長になって、人を使うことの難しさを思い知りました」

 5年間勤めた会社を退社した。

 「とりあえず、東京で大工をしていた父のところに転がり込んだんですが、特にやりたいことも無くてブラブラしていたら、『仕事を手伝え!』と。1~2カ月やって、他の仕事を探せばいいと思っていました」

 鉄筋コンクリートの建物を建てるのに欠かせない枠型大工の仕事で、釘の打ち方や墨の引き方、のこぎりの使い方から覚えた。腰掛けのつもりで始めた大工の仕事だったが、結局7年間勤め上げた。

 マンションにオフィスビル、都内を歩いていると、かつて自分が仕事をした建物を見かけ、当時を思い出すこともあるという。

 「大工の仕事は楽ではなかった。冬は寒いし夏は暑い。でも、お金は結構稼げたんですよ。大工の仕事を好きではないのに、ずるずると続けながら、他にやりたいことも見つからず、自分が人生をかけてやりたい仕事は何だろうと悩みました」

 そんな時、旅行でタヒチを訪れた。美しい自然で知られる南太平洋の島々。

 「カメラを買って写真をたくさん撮ったものの、フィルムを現像して愕然。全然思ったように撮れていない。もっとうまく撮りたいと思ったのが、写真にはまるきっかけでした」

 仕事帰りにカメラ店に通い、写真の本を読みあさり、街を歩いてはスナップを撮る毎日。やがて、写真を仕事にしたいと考えるようになった。

 「結婚式の司会をしている人に手紙を書いて、式を挙げる人を紹介して欲しいとお願いして、そこから、徐々に撮影の仕事が入り始めました」

 大工の仕事が休みの日曜を中心に、ブライダル撮影へ。経験値が上がるにつれ、自分に足りない部分にも気づくようになって、写真教室の門を叩いた。

 修了後、その写真教室を運営する会社、CMSの代表で写真家のテラウチマサト氏に誘われ、同社に入社。大工を辞め、写真の仕事で生きていくことを選んだ。テラウチ氏のアシスタントや写真教室の運営事務などから仕事をスタートし、次第に撮影の仕事も任されるようになった。7年間の勤務を経て2011年に独立した。

 「フォトグラファーになって良かった。好きなことを仕事にできた幸せを感じている」というまるや氏。

 今後の夢は? 「年収を今の3倍にすること、それから、ワインが好きなので、世界のワイナリーを撮り歩きたいですね」(渡辺タカコ)

 人生の第二幕で、やりがいをつかんだ人を4回にわたりルポします。

アクセスランキング

もっと見る

ピックアップ