ノーベル賞・イシグロさん受賞 人の感情を丁寧に、心に深く残る作品 文芸評論家・市川真人さん

 映画やドラマにもなったベストセラー『わたしを離さないで』では、介護人の主人公が、死に近づく人を看取(みと)る過程が描かれます。

 主人公は介護を通じて、相手を勇気づけたり救おうとしたり、さまざまな努力をします。人間は懸命に生きるものでありながら、いずれはむなしく死ななければならない。その恐怖や、克服しようとする強さを通じて、生と死の深淵(しんえん)を描きつつ、後半には驚きの展開で衝撃を与える。物語の起伏に富みながら、どこまでも考えさせる、印象深い作品です。

 カズオ・イシグロの名を知らしめた『日の名残り』も代表的な作品です。20世紀なかば、失われつつある古き良き英国で執事をする主人公が、かつての雇い主や同僚と過ごした四半世紀前を回想しつつ旅をする。大きな歴史のなかで、個人がどう生きるかを描いた作品で、英国で最も権威のあるブッカー賞にも選ばれました。ひそかにぼくは日本の「メイド喫茶」「執事喫茶」ブームの呼び水のひとつだったと思っています。

 最近作『忘れられた巨人』は、記憶を失いつつある老夫婦が手を取り合って旅する話。古い時代のイギリスが舞台ですが、欧州や日本の近代史が発想の一端にあると、イシグロさんは語っていました。

 全ての作品に共通するのは、人の感情をとても丁寧に描いていること。安直な感動や悲劇で人を動かすのではなく、じっくりと読み終えた後、読者に登場人物の心情が強く刻まれ、同時に作者の問いかけも読者の心に残りつづける、そういう作品たちです。

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