桜島大正噴火(上)噴石が降り注ぐ中、海岸から救助求める村民 森林燃え上がり…

 【日本列島災害実録】

 鹿児島市のシンボルでもある桜島は、現在は小康状態にあるが、昨年は火山性地震が頻発し、警戒レベルが一時4(避難準備)に上げられるなど、活動を繰り返す火山だ。死者多数の大規模噴火も最近は数百年おきに起きている。中でも約100年前の大正3(1914)年に起きた噴火は、20世紀の国内最大規模とされる火山災害だった。東側の大隅半島と陸続きとなり「島」ではなくなったのも、この時に噴き出した溶岩、土砂が原因だ。大正3年当時の新聞で、世紀の大噴火を振り返る。

 「桜島の大爆発 鹿児島市民人心恟恟(きょうきょう)たり 全市警戒の大警報出づ!!」。大正3年1月13日付の新聞「時事新報」の見だしだ。

 12日午前10時過ぎ、大音響とともに最初の大爆発が起きた。対岸の鹿児島市からは、桜島の形も分からないほどの噴煙が立ちこめたとある。

 現在は5000人ほどしか居住していないが、当時の人口は約2万1000人。島の黒神、有村、古里などの村落のほか、頂上付近にも小さな温泉場があり、特に同島東部の瀬戸と呼ばれる地区からの風景はすばらしく、さながら油絵のようだったという。

 午後5時には北東に50キロ離れた霧島火山も爆発し、周囲一面がねずみ色の世界に化した。「南九州 火と灰に覆わる」-。14日付では、あたかも南九州一帯が火の海になったかのように活字が躍っている。

 桜島爆発の報を受け、鹿児島市の警察署長らが蒸気船「鶴丸」で桜島に向かう途中の海で両手を挙げて「早く救助を」と声を上げる避難民が次々現れた。救助しながら鶴丸が鹿児島側の袴腰(はかまごし=桜島港)の目前に着くと、噴火はさらに勢いを増し、「百雷の落つるがごとき大鳴動」とともに黒煙と溶岩が吹上げた。

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