吉田調書 元所員「誰が逃げるものか」菅元首相の絶叫に反発

「退避するなら第2」共通の認識

 17日に判明した政府事故調の「吉田調書」。その文面から、東京電力福島第1原発にいた所員らの9割が10キロ南の福島第2原発に一時退避したことを、吉田昌郎所長(当時、平成25年7月9日死去)が「正しかった」と認識していたことが分かる。朝日新聞は5月20日付朝刊で、吉田調書に基づき「所員らは吉田氏の待機命令に違反し、第2原発へ撤退」と報じたが、第1原発の複数の元所員は産経新聞の取材に「命令違反でない」と明言する。吉田調書と関係者の証言から経緯を追った。(原子力取材班)

 ◆所員の危害懸念

 第1原発所員が第2原発へ退避したのは、東日本大震災4日後の23年3月15日午前7時ごろ。第1は最大の危機を迎えていた。

 前日の14日夜には、第1原発2号機への注水に使っていた消防車が燃料切れで動かなくなったことで、原子炉格納容器が壊れ、多数の所員に危害が生じることが懸念された。

 テレビ会議映像では、当時東電本店(東京都千代田区)にいた幹部が14日午後8時16分ごろ、「1F(福島第1)にいる人たちみんな2F(福島第2)に避難するんですよね」と発言。緊急時対策室を第2へ移す検討を始めていたことが分かっている。

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