松本サリン事件20年 盗まれた論文…風化する「化学兵器」の衝撃:イザ!

2014.6.26 19:35

松本サリン事件20年 盗まれた論文…風化する「化学兵器」の衝撃

 【「化学兵器」の教訓】松本サリン20年(上)

 27日で発生から20年を迎える松本サリン事件は、日本人が化学兵器という未知の狂気に初めて直面した惨事だった。その教訓は今、どう生かされているのか。

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 内戦が続く中東シリアの首都ダマスカス郊外で昨年8月21日、外傷のない多数の死傷者が見つかった。数百人の市民を死のふちに追いやったのは、史上最強の化学兵器のひとつともいわれるサリンだった。シリアは国際社会から強い非難にさらされた。そして、日本国内でも20年前、同じような「悪夢」が起きていた。

■事件解決のきっかけ

 平成6年7月4日。毒性学の世界的権威で米コロラド州立大名誉教授のアンソニー・トゥー氏(83)=台湾名・杜祖健=は、国際電話の先にいる日本の化学専門誌「現代化学」の編集者の問いに、強い違和感を覚えた。

 「サリンというのは戦場で使われる化学兵器なんですよ。そんなものが日本にあるはずないでしょう」

 1週間前の6月27日に長野県松本市で7人が死亡し、約600人もの重軽症者を出した毒ガス事件の原因物質が前日の7月3日に県警から猛毒のサリンと発表されていた。トゥー氏は編集者から「未知の毒ガスに日本中が大騒ぎになっているので、サリンについての論文を書いてほしい」と依頼されたのだった。

 あまり知られていないが、後にこのやり取りが事件を解決に導いていく。

 トゥー氏は8月に発売された同誌に「猛毒『サリン』とその類似体」と題した論文を寄稿。約1カ月後の9月中旬、トゥー氏のもとに日本からファクスが届く。差出人は科学捜査を担当する警察庁科学警察研究所の女性技官。論文中の「土壌中のサリン分解物によるサリンの検出法」に関心を寄せ、さらに詳しい情報を求めてきた。

 トゥー氏は関係者を通じ、米陸軍からサリン分解物の土壌中での毒性や分析法を解説した資料30枚を入手して技官に送った。

 同年秋、警察当局は山梨県の旧上九一色村にあったオウム真理教の施設付近の土壌中からサリン分解物を検出することに成功する。教団とサリンが初めて結びついた。

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