心臓移植通じて命のつながり描く 「あさがくるまえに」のカテル・キレヴェレ監督

■恋する気持ちも移植

 命はつながるという考え方は、映画の中でさまざまな描写で現れる。例えば冒頭のサーフィンのシーンをはじめ、いくつかの場面で波が描かれるが、波が人を飲み込み、その波が消えることで人が波の外にほうり出されるという表現は、新たな生命の誕生というとらえ方もできる。

 「死に対する作り手の考えを明確に示すよりも、それほど際立たせずに描くことで、見ている人たちが考える多少のヒントになればいい」というのが監督の思いだ。

 ほかにもシモンとジュリエットが初めて出会うときの回想シーンは、ケーブルカーに乗ったジュリエットをシモンが自転車で追いかけて坂を登り切る動きを、クローズアップから引いていって、街角の遠景までワンカットで撮影するなど、非常に勢いのある映像に仕上げている。若いシモンの純粋で輝いている明るい側面をどうとらえるかに重点を置いた部分だという。

 心臓移植を受けるクレールについても印象的な場面がある。ピアノのコンサートを聴きにいったクレールは、1人で階段を上ることもできないほど体力が弱っているが、弾き終わったピアニストの表情から、拍手を送るクレールの表情にパンする一連のカメラワークで、クレールの境遇や気持ちを見事に代弁する。

 「あそこではシモンとクレールのつながりを描きました。シモンは単に心臓という物理的な臓器を与えるだけではなく、恋をしているという気持ちも一緒にクレールに移植する。クレールは50代で、心臓を移植されても、これからの人生でもう心をときめかせるようなことはないかもしれないと思っている。でも恋をしているシモンの気持ちも移植されることで、前向きな人生が続いていく証しを描きたかった。フランス語でも、心臓という言葉は気持ちとか感情という意味を含んでいますからね」

■上の子にはピカチュウの服を

 父親の仕事の関係で西アフリカのコートジボワールで生まれたキレヴェレ監督は、幼少期から映画に親しんでいたわけではない。両親はどちらかというと理科系の仕事に就いていて、親類縁者にも芸術をなりわいにしている人は1人もいなかった。

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