沖縄に渡った台湾人 「海の彼方」を撮った黄胤毓監督

 【映画深層】

 日本に特別強い関心があったわけではない。日本の大学院に留学したのも、修士号を海外で取得することが台湾ではやっていたから、に過ぎなかった。「日本にいる間に何かドキュメンタリー映画で撮れる題材があるかと思ったとき、台北の大学時代に民族学の授業で聞いてずっと気になっていた話が思い浮かんだ。それが沖縄に渡った台湾人のことでした」と、8月12日公開の「海の彼方(かなた)」を手がけた黄胤毓(こう・いんいく)監督(28)は、すっかり身についた日本語で流暢(りゅうちょう)に話す。

日本の小さな島に渡った農民

 「海の彼方」は、沖縄・石垣島に住むある家族を描いたドキュメンタリーだ。玉木家は、1930年代に台湾から石垣島に集団で渡ってきた約60世帯のパイナップル農家の1軒。88歳になる玉代さんが石垣島にやってきたのは、長男を出産したばかりのころで、貧しい生活の中、家業と子育てに追われた。

 今では3男4女の子供たちに、孫、ひ孫を加えると100人を超える大家族に恵まれているが、黄監督はそんな玉代おばあちゃんの米寿のお祝いに一族が集まった宴席や、娘や孫とともに久しぶりに台湾へ里帰りする旅行に密着。日台の歴史と家族の絆を深く掘り下げる作品に仕上げた。

 「一般的に、日本統治時代に日本に来ることができた台湾人は、医者とか商売人とか学者とか、ちょっと金持ちのイメージがある。でも大学時代、民族学の授業で日本人の先生から聞いた話は全然違っていた。彼らは農民で、しかも都会ではなく小さな島に渡ったという。どういうことなのか見当もつかなくて、とても面白いと思いました」と黄監督は振り返る。

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