たけし、“ママ”斎藤智恵子さんの映画化構想告白「台本書いていた」

 4月28日に胃がんのため亡くなったストリップ劇場、浅草ロック座の名誉会長、斎藤智恵子さん(享年90)の通夜が1日、東京・西浅草の東本願寺慈光殿で営まれ、タレントで映画監督、ビートたけし(70)ら約400人が参列した。たけしは、浅草で修業した駆け出しのころから憧れ、「ママ」と慕った故人をモデルにした映画構想を告白。「本当に裸一貫で、すごい人だった」としのんだ。

 「豪快な人がいなくなった。女でよかったよ。男だったら全国制覇しているか、殺されているかという気性の人。よくやったよ。浅草に行くのもつまらなくなるなあ…」

 参列したたけしは、寂しそうにつぶやいた。

 斎藤さんはストリッパーを経て、ロック座を全国展開した敏腕女性経営者として活躍。たけしは駆け出しのころ、ロック座の近隣にあるライバルストリップ劇場の浅草フランス座(現・東洋館)で修業を積み、故人は憧れの存在だった。

 1997年に他界した俳優、勝新太郎さんの後援者だった斎藤さんから勝さんの後継者に指名されたといい、たけしは「ママ」と慕って交流が始まった。

 たけしが監督・主演した映画「座頭市」は斎藤さんの企画だった。映画監督として世界で活躍するたけしは「ママを映画にしようと思っていた。一代記にしようと台本を書いていた」と故人をモデルにした映画化構想があったことを告白。

 北野作品の常連女優、岸本加世子(56)を主役に起用し、故人と対面させようとしていたが、スケジュールの都合でかなわなかったといい「(斎藤さんの)家族に迷惑をかけちゃうけど、台本を書き直せばできるかなあ」と実現に意欲を見せた。

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