作曲家の船村徹さん死去、84歳 「王将」「矢切の渡し」など5500曲以上

 「王将」「矢切の渡し」「みだれ髪」などのヒット曲を生み出し、5500曲以上を手がけた戦後の歌謡界を代表する作曲家の船村徹(ふなむら・とおる、本名・福田博郎=ふくだ・ひろお)さんが16日、神奈川県藤沢市の病院で死去した。84歳だった。栃木県出身。葬儀・告別式の日取り、喪主は未定。

 船村さんは1949年に東洋音楽学校(現・東京音大)に進学。55年に春日八郎の「別れの一本杉」で本格デビューした。

 61年、村田英雄の「王将」が日本初のミリオンセラーとなり、その後、北島三郎の「なみだ船」や鳥羽一郎の「兄弟船」、島倉千代子の「東京だよおっ母さん」、ちあきなおみの「矢切の渡し」、美空ひばりの「哀愁波止場」など懐かしさと情感あふれる名曲を世に送り出した。

 手がけた作品は5500曲以上で、内弟子も200人以上。一方、戦時中から野球少年で、東洋音楽学校に入学した翌年の50年に巨人軍の入団テストを受けたが、落ちたため「間違って作曲家になった」と話していた。

 2016年5月に心不全の治療で手術を受け、自宅療養を続けてきたが、9月の茨城公演でステージに復帰。同年10月には作曲家では56年の故山田耕筰氏以来、60年ぶり2人目の文化勲章に決まった。その際は「今まで通りに大衆芸能を盛り上げるようなお手伝いをしていきたい」と意欲を見せていた。

 04年から10年まで日本音楽著作権協会(JASRAC)の会長(その後、名誉会長)を務め、音楽著作権の保護に尽力した。

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