ヌード、ブス…何でもありだったのに…テレビ局が“自主規制”強めたあの事件

 現在の放送作家との違いでいえば、番組台本を自分で書いていたことでしょうか。企画が通れば、日程表に沿ってコーナーの割り振りや下調べ、取材をすべてやりました。台本には、原稿用紙に実際に放送される画面を書いて、キャプションを書いて…。昭和49年からやらせてもらった読売テレビ「11PM」の台本なら、《藤本義一「こんばんは、藤本義一です。今日は××がありました」》とその日の出来事を紹介。ゲストが出演するなら、ちょっとしたプロフィルを書き添えたり…。

 ■コーナーは作れても番組は作れない 分業化が“金太郎アメ番組”を生んだ

 それが今では、台本はコーナーごとに分かれ、ディレクターもコーナーごとにいます。番組全体を把握するのは進行表しかありません。分業化=合理的とはいえ、金太郎アメみたいなもんで、どこを切っても似たり寄ったりのものしかできません。

▼簡単登録の「プッシュ通知」始めました。詳しくはこちらへ

アクセスランキング

もっと見る

ピックアップ