【産経抄】12月10日

 首相時代の中曽根康弘氏にこぼれ話がある。何かの会見で「ホウカン外交」と言ったところ通訳は「おもねるご機嫌取り外交」と英訳した。「幇間(ほうかん)(たいこ持ち)」と聞こえたようで、中曽根氏はあわてて「砲艦外交だ」と英語で訂正したという。

 ▼イタリア語翻訳家の田丸公美子さんがエッセー集『目からハム』に書いている。取り違えが生んだ誤訳は運よく笑い話で収まった。聞けば通訳の世界では、元の発言に色をつけた誇張や意訳も技のうちという。通訳は必ずしも真ならず。聞き手の度量が必要だろう。

 ▼国ぐるみのドーピングを行ったロシアが来年の平昌五輪から除外される。フィギュアスケートの大会で来日中の同国選手がメディアに見解を問われ、通訳同席で会見した。選手の一人は「犯したことを考えれば当然の措置」と述べたと、通訳が日本語に訳している。

 ▼ロシアの不正をめぐっては、暴露本を執筆中の元責任者が謎の死を遂げている。正論を述べた選手の身を案じたファンも多かろう。あにはからんや、大会主催者は翌日に発言を取り消し、「ロシアが参加しない五輪は想像できない」とする内容の訂正版を公表した。

 ▼正確に言えば、日本語通訳による明らかな不手際だという。会見の映像という動かぬ証拠があり、大統領選を控えた大国が裏で手を回したという後ろ暗い事情とは無縁のようである。当の通訳は現場から外された。聞き間違いか誇張か意訳か、真相は定かではない。

 ▼田丸さんは息子がまだ幼かった頃、「お前、嘘つきは通訳の始まりだよ」とたしなめたという。困ったことに今回の騒動では、誤訳の方がむしろストンと胸に落ちる感もある。通訳が選手の思いを忖度(そんたく)して…。出来過ぎたオチがないことを祈る。

アクセスランキング

もっと見る

ピックアップ