【主張】イシグロ氏受賞 日本を見つめ直す契機に

 今年のノーベル文学賞がカズオ・イシグロ氏に決まった。「石黒一雄」という日本に生まれた英作家の受賞を心から喜びたい。

 イシグロ文学の魅力は、幻想的な世界に、普遍的な人間の感情や尊厳、心理の奥を描く点にある。会見で「英国育ちではあるが、私の物の見方、世界観には日本が影響している。私の一部はいつも日本人と思っていた」と述べた。日本文化に由来する独自の世界観だ。

 評価された繊細な感性や品位が日本文化にあるなら、その作品を読むとき、日本人が日本を見つめ直す契機ともなろう。イシグロ氏は「日本に感謝したい」と語ったが、むしろ感謝するのは日本の方だ。日本文化の深く豊かな精神性を広く世界に発信してくれた。

 イシグロ氏は1954年、長崎県に生まれた。海洋学者だった父とともに5歳で渡英し、後に英国籍を取得する。以来、英国で暮らし、長く日本を訪れることはなかった。

 82年「遠い山なみの光」で長編デビューする。続く「浮世の画家」と、初期の2作はいずれも日本が題材だ。日本映画にも影響を受け、自身「小説を書くことは私の中の日本を保存することだった」と述べている。その後さまざまな形で「記憶」をテーマに執筆するが、作家としての出発点は幼いころの日本の記憶にあった。

 89年には、50年代の英国を舞台に老執事を主人公にした「日の名残り」で権威あるブッカー賞を受賞した。映画化され、世界的作家の地位を確立するが、他国にルーツを持つ移民作家から英国を代表する作家への飛躍だった。

 その後も「充たされざる者」「わたしたちが孤児だったころ」と話題作を発表し続けた。2005年に刊行した「わたしを離さないで」は臓器移植を扱ったSF的要素の強い作品で、世界でベストセラーになる。日本でも舞台化・テレビドラマ化されており、原作を手に取った人もいるだろう。

 イシグロ氏の作品は「冷静」「精緻」と表現され、繊細な文体と巧みな情景描写にファンが多い。スウェーデン・アカデミーは今回の授賞理由を「世界とつながっているという幻想に潜んだ深淵(しんえん)を描いた」と称賛した。

 氏の受賞は日本の文学界にとっても刺激になろう。日本人作家の奮起と飛躍も期待したい。

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