【主張】ラスベガス乱射 銃規制議論に本腰入れよ

 これでも銃規制の議論は進まないのか。米国は基本的な考えを改めるべきである。

 最悪の大惨事だ。米西部ラスベガスの銃乱射事件で死傷者は600人近くに達する。ホテルの32階から野外コンサート会場に向けて、銃弾は無差別に連射された。

 ギャンブル好きの資産家だったとされる容疑者が宿泊していたホテルの部屋や自宅からは、40丁以上の銃器が見つかったという。

 いずれも銃砲店で購入したものとみられ、自動小銃仕様に改造した可能性も指摘されている。

 これは米国が抱える一面の暗部である。トランプ米大統領は国境に壁を築くことで治安を守ると主張しているが、壁の内部にこそ、重大な問題が存在している。

 銃器による悲惨な事件は、毎年のように繰り返されている。

 昨年6月には、フロリダ州オーランドのナイトクラブで男が自動小銃を乱射し、100人以上が死傷した。1992年のハロウィーンには訪問先を間違えただけの日本人留学生が射殺される事件が発生した。2013年には5歳の兄が2歳の妹を誤射し、死亡させた。事件の度に銃規制の必要性が叫ばれるが、議論は遅々として進まない。

 ラスベガスの大惨事を受けてもクリントン元国務長官らから銃規制を求める声が相次いだ。

 だが、サンダース大統領報道官は銃規制について「議論は時期尚早」と述べ、トランプ氏は国民の「武装の権利」を認めた合衆国憲法修正第2条を「強く支持してきた」と強調した。

 米国の銃規制の議論には、常にこの修正第2条が立ちはだかってきた。

 1791年に憲法に追加された修正第2条は「規律ある民兵は自由な国家の安全保障にとって必要であるから、国民が武器を保持する権利を侵してはならない」と記している。

 だが、軍も警察も確立している現在の米国は、民兵組織を必要としていない。「武装の権利」の前提は、とうに崩れている。200年以上前の条文にしばられたまま惨事を繰り返す現状に、疑問を持つべきである。

 憲法といえども、時代に合わなければ、これを改めるに躊躇(ちゅうちょ)すべきではない。それは米国でも日本でも、同様である。

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