【産経抄】10月1日

 においには形がない分、漢字の使い分けに悩まされることが多い。鼻をくすぐれば「匂い」になり、鼻を突けば「臭い」になる。サンマを焼いて辺りに漂うのは「匂い」だろう。元から断ちたいのは「臭い」である。

 ▼この頃、鼻先をかすめるキンモクセイの香気には迷う。秋の深まりを思う人もいれば、消臭剤と結びつけて顔をしかめる人もいる。花に罪はないものの、間を取って「におい」とするのが無難かもしれない。くゆらす紫煙も強い香水も、やはり「におい」組だろう。

 ▼人はとかく他人のにおいに鋭い。「解党」が決まるや雪崩を打って希望の党に押し寄せる民進党の議員らだが、政治信条という固有のにおいは、容易に消せるものでもない。各紙をにぎわす「排除」の論理は、政界で生き抜くために鍛えた嗅覚の発露というわけか。

 ▼憲法改正や安全保障法制への考え一つを取っても、隔たりは容易に埋まるまい。「希望」は小池百合子代表や一部の側近が、敵か味方かのかぎ分けをすでに始めている。味方のふりをした、議席欲しさのすり寄りということもある。新党の嗅覚はさて、どうだろう。

 ▼においと結びついた記憶は半永久的に失われることがない。1990年代の新党ブームと、その結果がもたらした社会の停滞という負の「残り香」には国民も懲りている。国難の荒波を前に与党と新党のどちらにかじ取りを委ねるか。有権者の嗅覚も問われている。

 ▼「衣替え」を迎え、今年の暦もあと3枚を残すのみとなった。半年以上もお世話になる秋冬物を、タンスの奥から引き出す家庭は多いに違いない。夏の間を防虫剤に守られた衣服から漂うのは、ツンと鼻を刺す臭いだろう。「におい」もさまざま、鼻が鍛えられそうな秋である。

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