【主張】桐生の9秒98 東京五輪への号砲となれ

 陸上の男子100メートルで桐生祥秀が日本選手として初めて10秒の壁を破る9秒98を記録した。

 日本陸上界の悲願だった。大会の大小を問わず運動会の花形は「駆けっこ」である。3年後の東京五輪に向けて、大いに気持ちを高揚させてくれる快挙でもある。

 しかも21歳の桐生にとっては通過点であり、国内には彼に続く逸材が複数控えている。孤高の富士山型ではなく、群雄割拠の八ケ岳型へ。日本陸上の短距離界は充実のときを迎えている。

 今年、桐生以外にも飯塚翔太、ケンブリッジ飛鳥、サニブラウン・ハキーム、多田修平が10秒0台を記録した。昨年は山県亮太も10秒03で走った。彼らの切磋琢磨(せっさたくま)が好結果を生む。桐生が日本記録を出したレースでも、先行する多田を追って9秒台が実現した。

 一度破られた壁は、往々にして後続にはやさしく扉を開く。9秒台の4人がバトンを受け渡す4×100メートルリレーが実現すれば、リオデジャネイロ五輪の銀メダルや先のロンドン世界陸上の銅メダルで称賛されたバトンパスの技術とともに、世界の頂点に立つことだって夢ではない。

 桐生は京都・洛南高校3年だった4年前に10秒01を記録して注目されたが、その後は足踏みが続いた。この間に続々と好敵手が現れ、6月の日本選手権では4位となり、世界陸上の個人種目での出場を逃した。そうした悔しさもバネになったのだろう。次は多田らが桐生を追う番である。

 9秒台はまた、五輪100メートルで決勝に進出する目安のタイムでもある。コンスタントに9秒台で走る地力がつけば、1932年ロサンゼルス五輪で6位入賞した「暁の超特急」吉岡隆徳以来の決勝進出も実現に近づく。

 吉岡は35年に当時の世界タイ、10秒3を記録したが、このとき、複数の審判員の時計は10秒2で止まっていた。「小柄な日本人が世界新で走ったと、世界は信用してくれるだろうか」とタイ記録にとどめたのだという伝説がある。

 桐生の9秒台は、日本選手が堂々と世界の舞台で渡り合えるのだという証明ともなろう。

 桐生は、「やっと世界と戦うスタートラインに立った」とも話している。彼に続く多くの選手が同じスタートラインに立って東京五輪の号砲を待つことになれば、これは理想的である。

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