【産経抄】俳優になるよう、太宰治に勧められた 9月8日

 「肉食」といえば、近頃は別の意味で使われるようだが、黒澤明監督は肉が大好物だった。朝から最高級のステーキをペロリと平らげる。月に100万円以上も肉代がかかり、税務署から「お宅はレストランをやってるんですか」ときかれたほどである。俳優の土屋嘉男(よしお)さんも、ずいぶん相伴にあずかった。

 ▼2人は昭和28年、劇団俳優座のトイレで出会った。当時『七人の侍』の準備に追われていた黒澤さんは43歳、土屋さんは26歳の研究生である。土屋さんは、野武士に女房を奪われる「利吉」という農民の役に抜擢(ばってき)され、黒澤映画にデビューした。

 ▼土屋さんはそれから1年半の間、黒澤家に居候していた。以後も公私にわたって交流が続く。黒澤映画は分かりやすいのに、その映画や監督について書かれた本はどれも難しい。ただ黒澤さんは、土屋さんの書いたエッセーは面白がってくれた。その集大成となったのが『クロサワさーん!』(新潮文庫)である。その土屋さんが2月8日に、89年の生涯を終えていたという。

 ▼山梨県甲州市(旧塩山町)出身の土屋さんは戦国時代、甲斐武田氏に仕えた武将、土屋昌続(まさつぐ)を先祖に持つ。小学生のころ川で釣りをしていたとき、やはり釣り好きだった井伏鱒二と出会う。作家と知らないまま付き合ううちに、井伏の弟子だった太宰治とも親しくなった。

 ▼バイオリニストを目指していた土屋さんに、俳優になるように勧めたのは、太宰である。入水自殺のニュースをラジオで知った土屋さんは、すぐに現場に駆け付けた。その場にいた長靴姿の井伏は、「全く太宰はばかだ」とつぶやいていたという。

 ▼これほどエピソードの豊富な才人を他に知らない。黒澤さんにかわいがられた理由がよく分かる。

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