【正論】「コピペ憲法」を放置していいか 駒沢大学名誉教授・西修

 12月7日、東京五輪・パラリンピックの大会エンブレム公募が締め切られ、応募は約1万5千件に及んだと発表された。周知のように、当初のエンブレムはベルギーの劇場のロゴマークの「コピペ」(盗用)でないかとの疑いがもたれ、再公募されていた。

 ところで、日本国憲法前文は、歴史的な文書の壮大なコピペであるといえる。以下をごらんいただきたい。

 ≪なぜ前文はつぎはぎか≫

 アメリカ合衆国憲法(1787年)前文「われら合衆国国民は、われらとわれらの子孫のために、自由のもたらす恵沢を確保する目的で、アメリカ合衆国のために、この憲法を制定し、確定する」

 日本国憲法前文「日本国民は、われらとわれらの子孫のために、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、この憲法を確定する」

 テヘラン宣言(1943年)「われらは、その国民がわれら三国国民とおなじく、専制と隷従、圧迫と偏狭を排除しようと努めている、大小すべての国家の協力と積極的参加を得ようと努める」

 日本国憲法前文「われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ」

 大西洋憲章(1941年)「すべての国のすべての人間が、恐怖と欠乏から免かれ、その生命を全うすることを保障するような平和が確立されることを希望する」

 日本国憲法前文「われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する」

 いかがだろうか。上記以外の日本国憲法前文に影響を与えたと思われる歴史的文書(リンカーンの演説や米国独立宣言など)との比較は省略するが、「自由のもたらす恵沢」「専制と隷従、圧迫と偏狭」「恐怖と欠乏から免かれ」などは英文がまったく同一である。

 ≪米国人による決意表明≫

 いったい、どうしてそうなったのか。

 一つは、連合国軍総司令部(GHQ)で、日本国憲法の原案たる『総司令部案』を作成するにあたって、わずか1週間ほどの期間しか与えられていなかったことである。1週間程度で、いやしくも一国の憲法を作成することは至難の業である。いきおい、手元にある文書のなかから、作成者の好みに合う文章をつぎはぎすることになった。

 上記の文章中、たとえば「専制と隷従(英文はslavery=奴隷状態)」、「圧迫と偏狭」などの文言は、第二次世界大戦中の1943年時であれば、新鮮で強力なインパクトをもっていたといえるが、戦後70年を経た今日、これらの用語を残しておくことに必然性をもちうるだろうか。

 二つは、前文について、日本側との折衝過程で、ほとんど議論されなかったことである。昭和21年2月13日、『総司令部案』を受け取った憲法担当国務大臣、松本烝治は、翌3月4日、同案に付されていた前文を削除した憲法案(『3月2日案』)をGHQへ持参した。

 この日から翌日にかけて、徹夜の折衝がおこなわれ、天皇の地位や権能、人権、国会の構成などについては激論がたたかわされたが、前文に関しては、松本大臣の試みが完全にしりぞけられ、『総司令部案』の前文がそのままの文面で復活した。その後の政府案の作成、帝国議会での審議などで、表現が微修正されただけで、詰めた議論がなされたとは言い難い。

 ≪国民自身で力強く明快に≫

 その結果、「日本国が再び米国と世界の平和および安全に脅威を与えないことを確実にする」という対日占領政策の基本方針にもとづき、米国人を通してつくられた日本国民の決意表明になっている。「政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し」の文言などに表れている。

 前文は、国の最高法規たる憲法の「顔」と位置づけることができる。世界の多くの国の憲法前文には、その国の国民が発した独自性(オリジナリティー)と国民としての同一性の確認(アイデンティティー)が刻まれている。これらが前文に欠如しているのは、日本国憲法の最大かつ本質的な欠陥である。

 コピペが判明すれば、学術的には履修単位を与えられず、博士の学位を没収される。ビジネスの世界では商標が取り消される。国家的規模のコピペがいつまでも放置されたままでいいはずがない。

 日本国はどのような歴史、文化を積み重ねてきたのか、どんな理念をもち、いかなる国を築いていこうとするのか、国際基準を踏まえつつ、日本国のオリジナリティーとアイデンティティーを表出すべく、われわれ国民自身の手で、力強く、かつ明快な文脈で、前文を再構成しなければならない。

 日本国憲法の前文こそ、広く国民の声を求め公募に値するのではなかろうか。一考を望みたい。(にし おさむ)

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