【正論】「表現の自由」に潜む言論の劣化:イザ!

2015.1.28 05:02

【正論】「表現の自由」に潜む言論の劣化

 □社会学者、関西大学東京センター長・竹内洋

 金正恩(キム・ジョンウン)暗殺を描いた映画に対する報復で、北朝鮮が米国にサイバー攻撃をしかけた。続いてパリの週刊紙がイスラム教の預言者ムハンマドの風刺画を掲載したことで、死傷者を出す襲撃を受けた。

 サイバー攻撃やテロ攻撃はもちろん許されるべきではないが、今回の風刺画を転載するかどうかを巡って、日本を含めて世界の新聞社の対応がまちまちだったことに象徴されるように、改めて表現の自由が問題の焦点となっている。

 ≪検閲時代に錬磨された技術≫

 表現の自由となると、公序良俗に反するかどうかの線引きをどこでするかの議論がなされることが多い。だが、表現の自由がかかえる問題がそれに尽きるわけではない。たとえ公序良俗に反しなくとも別の問題もあるはずである。ここでは「表現の自由」がかえって「表現の劣化」を伴いやすいという逆説を取り上げたい。

 このことを考えるときに、私は希代の文筆家だった清水幾太郎がいまから30年以上前に書いた「検閲とレトリック」(1977年)という論稿を思い出すのである。

 清水は、福田恆存や丸山眞男と並んで戦後を代表する思想家だったが、戦前から多くの論説を新聞雑誌に発表してきた。その経験から清水はこう言っている。

 人類の歴史のほとんどが言論(表現)の自由がなかった検閲の時代だった。著述家と検閲官は別れることができない仲の悪い夫婦みたいなものだった。だからこそ著述家は、憎い配偶者相手になんとか自分の文章(表現)が陽の目をみるように表現技術を磨いてきた。憎い配偶者の顔を立てながらも、それとは食い違う考えをできるだけ弱い言葉で挟んだ。

 強い言葉は「読者の心に入る前に爆発してしまう」のに対し、「弱い言葉はソッと心の中に入った後に小さな爆発を遂げることがある」。かくて、検閲の時代、つまり表現の自由がない時代に、文章(表現)技術やレトリックがかえって錬磨された。

 ≪過激と刺激が大手振って闊歩≫

 ところが敗戦後のアメリカ占領軍による検閲もなくなった。言ってみれば、あの憎い配偶者(検閲官)がぽっくり死んでしまった。そうなると、苦心の末生まれたレトリックや「弱い言葉」を用いて、読者の心の中で爆発する文章を書く必要がなくなった。最初から「強い言葉」を気安く使うことがはじまった。言葉のインフレがはじまり、暴力的な言葉にエスカレートするまでになった。こう清水は、言っていた。

 むろん、清水は表現に大幅な制限があった検閲の時代がよかったと言っているわけではない。表現の自由を得たことによってかえって、表現における工夫や機智を磨くことが少なくなってしまった、と表現劣化の問題を提起しているのである。

 表現への制限がなくなったことで、刺激の強い言語(表現)が使用されるだけではない。同じ意見を持つ仲間内にのみ通じる単調な文体や陰影のない表現法に傾きやすくなる。表現者と考えや嗜好(しこう)がちがう読者や視聴者の心にも届くようなレトリックの妙味が影をひそめる。ややもすると、表現はアジビラやアジ演説による異議なしの世界になってしまう。

 揚げ句の果てが、動画投稿における過激映像アップ競争。表現の自由や「アート」活動と言い募りながら、繰り出されるヘイトスピーチや耳目を驚かせるだけが取りえの「芸術」作品。表現における過激と刺激の一本調子が大手を振って闊歩(かっぽ)するにいたっている。

  ≪「強い言葉」だけの極論競争≫

 翻って、敗戦後から70年代あたりまでに書かれた総合雑誌の論文を考えてみたい。当時の左派論客の名論文といわれたものの、かなりが、今ではほとんど読むに堪えない。そう思えるのは、イデオロギーのせいとばかりは言えない。そのころの論壇は左派論客の独壇場だった。

 「左派にあらずんばインテリにあらず」で、著作家や読者(インテリ)の世界は左派が席巻していた。そうである分、多数派の左派論客は身内言語と身内文法だけを用いた一本調子で書いたり、発言したりしていたが、それがそのまま通用したからである。主流派を形成した左派論客の論説の多くが時代の空気が変われば、ほとんど読むに堪えないものとなる所以(ゆえん)である。

 それに対して、当時の保守派などの非左派論客の論文のほうには、今読んでも示唆の多いものが意外とある。左派イデオロギーがみえざる検閲、つまり言論を拘束する空気となっていたからこそ、非左派論客は、レトリックを張り巡らしながら論述を展開した。そのことで表現と思考に深さと奥行きをもたらしたからである。

 言論や風刺が身内化すればするほど、「強い言葉」だけの極論競争になり、表現技術が劣化する。風刺においてはもとより、言論も敵対陣営の人々の心にも染みいるべく表現技術を錬磨したいものである。そうでなければ、ペンは剣より強し、といわれる言論(表現)の力は生まれない。(たけうち よう)