【主張】元朝日記者提訴 言論の自由に反している:イザ!

2015.1.10 05:04

【主張】元朝日記者提訴 言論の自由に反している

 元朝日新聞記者の植村隆氏が「慰安婦記事を捏造(ねつぞう)した」などの指摘で人権侵害を受けたとして、文芸春秋と東京基督教大学の西岡力教授に損害賠償と謝罪広告などを求める訴えを起こした。

 裁判を受ける権利はもちろん誰にでもある。だが、言論人同士の記事評価をめぐって司法判断を求めるのは異様ではないか。

 訴状によれば、植村氏は記事や論文などの指摘で社会的評価と信用を傷つけられ、ネット上の人格否定攻撃や家族への脅迫、勤務先大学への解雇要請などを招いた。こうした人権侵害から救済し保護するために司法手続きを通して「捏造記者」というレッテルを取り除くしかない-としている。

 植村氏の解雇を求めた大学への脅迫については、産経新聞も昨年10月2日付主張で「言論封じのテロを許すな」と題して、これを強く非難した。同時に文中では「言論にはあくまで言論で対峙(たいじ)すべきだ」とも記した。

 同じ文言を繰り返したい。

 自身や家族、大学に対する脅迫や中傷と、言論による批判を混同してはいないか。

 指摘の対象となった平成3年8月、元韓国人慰安婦の証言として書かれた植村氏の記事で「女子挺身(ていしん)隊の名で戦場に連行され」とした記述については、朝日新聞が第三者委員会の指摘を受け、その事実はなかったとして、おわび、訂正している。

 その後の植村氏の記事で、この元慰安婦がキーセン学校に通っていた経歴を知りながら触れなかったことについても、第三者委は「書かなかったことにより、事案の全体像を正確に伝えなかった可能性はある」と批判していた。

 訴状をみる限り、植村氏側はこうした朝日新聞、第三者委の判断や指摘を受け入れてはいないようだ。まず朝日や第三者委の見解に、言論人として反論することから始めるのが筋ではないか。

 大学や家族への脅迫を、自らを批判する記事や論文が招いたとする訴訟理由には首をひねる。

 パリでは、イスラム教の預言者を登場させた風刺画などを掲載した週刊紙が襲撃され、編集長ら12人が殺害された。

 テロの誘発を記事に求めることが認められるなら、広義ではパリの惨事も報道が招いたことになる。そこに言論、報道の自由はあるのだろうか。

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