【正論】遠藤浩一氏 年頭にあたり 「観念的戦後」に風穴開けた参拝:イザ!

2014.1.3 03:05

【正論】遠藤浩一氏 年頭にあたり 「観念的戦後」に風穴開けた参拝

 してみれば氏の掲げる現実主義とは、現実を修正不可能なものとし、その歪(ひず)みや欠陥を是正するなどもってのほか、長いものには巻かれろという立場のようである。

 仮にそうであるならば、「現実に根ざした保守」は彼にとって自己否定のスローガンとなる。外交安全保障について、氏は「自立と協調」「アメリカを中心に他国と協調。ただし、自分の国は自分で守る」(同氏HP)としているが、政治家としてこうした観念を政策として実現するには現実の歪みを是正する意思と行動が求められる。

 ≪憲法改正は今や現実的課題≫

 米国と協調し日米同盟をより強固なものにするにあたって集団的自衛権行使は避けられないし、自立し自分の国を自分で守るようにするには、現行憲法の見直しは必須の現実的課題となる。一方、外国の顔色を窺(うかが)って英霊を蔑(ないがし)ろにするようでは自立どころか、自壊を待つのみだろう。

 今でこそ首相が先頭に立って憲法改正の必要性を主張するようになったが、しばらく前までは閣僚が憲法の欠陥や改正の必要性を口にすれば馘首(かくしゅ)される時代が続いた。昭和55年、奥野誠亮法相が憲法改正に言及して鈴木善幸首相に更迭されるということがあった。

 この時、現実主義を標榜(ひょうぼう)する某国際政治学者は、政治家は向後(こうご)10年間、憲法論議を棚上げにすべきだ、不愉快でも沈黙し、なすべきことをなすのが政治家の倫理である、と託宣した。憲法の改正は国会で発議することになっているのに、国会議員が議論を禁じられたら、誰がその職責を果たすのか、それこそ政治倫理にもとるではないかと、学生の身でも疑問に思ったものだ。

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