旧臘(きゅうろう)、テレビの報道番組で民主党の前原誠司元代表が妙なことを口走っていた(12月9日放送のNHKニュースウオッチ9)。
曰(いわ)く、安倍晋三内閣は観念的保守で自分は現実的保守だ、政界再編は観念的保守の自民党と現実に根ざした保守勢力を対立軸にしていくべきだ、云々(うんぬん)。失笑した。
日本維新の会や結いの党との連携を睨(にら)んで、安倍政権との違いを際立たせたいがための発言なのだろうが、言葉は正しく使ってほしい。安倍首相や自民党の何をもって観念的とするのか、発言者本人のこれまでの言動のどこが現実的なのか、全く分からない。
いうまでもなく、政治とは現実との格闘である。筆者の見るところ、安倍内閣及び自民党はひとつひとつの政策を現実的に、かつ慎重に進めている。
他方、民主党政権時代の前原氏が、八ツ場(やんば)ダム建設中止などマニフェストに掲げた政策に観念的執着をみせたのは記憶に新しい。そもそも保守という立場について「観念的」とか「現実的」と形容して分類すること自体、観念の遊戯に淫しているといわなければならない。
おそらく集団的自衛権行使やその先に待っている憲法改正など、これまでの自民党政権やそれを小粒化した民主党政権が成し得ず、提起することさえしなかった、(前原氏から見れば)現実的とは思われないような課題を目標に据えている点をとらえて、「観念的」と揶揄(やゆ)してみたのだろう。

